フリーランスのための廃業・失業セーフティネット:『雇用保険』を超える新たな所得保障制度の構築
フリーランスが直面する廃業・失業リスクの現状と課題
フリーランスとして事業を営む方々にとって、病気や怪我、育児、老後の備えといったライフイベントへの不安は尽きないものです。中でも、予測不能な事業の廃止や契約の終了といった「失業」に近い状況に陥った際の所得保障は、多くのフリーランスにとって喫緊の課題と言えるでしょう。特に、家族を支える立場にあるITエンジニアの方々にとっては、事業の継続が困難になった場合の生活基盤の維持は、極めて重要な関心事です。
現在の日本の社会保障制度において、フリーランスは原則として「雇用保険」の適用対象外です。雇用保険は、企業に雇用されている労働者が失業した際に給付を受けられる制度であり、フリーランスの事業主は、このセーフティネットの恩恵を受けることができません。
この現状は、以下のような具体的な課題を生み出しています。
- 所得保障の欠如: 事業の廃止や契約終了によって収入が途絶えた際、公的な所得保障がないため、個人の貯蓄や家族の収入に頼らざるを得ません。
- 再就職・再出発への不安: 収入が不安定な状況下で、新たな仕事を見つけるための活動資金や時間を確保することが困難になります。
- 精神的負担の増大: 将来への不安が常に付きまとい、事業活動に集中しにくい状況が生まれる可能性があります。
こうした課題に対し、既存の小規模企業共済や民間保険なども一定の役割を果たしていますが、それらは主に自己努力による積み立てや、給付額・期間に限りがあるものが多く、雇用保険が提供するような包括的なセーフティネットとは異なるのが実情です。
新たなセーフティネット構築に向けた提案とアイデア
フリーランスが安心して事業を継続し、万一の際には速やかに再出発できるような社会を目指すためには、現行制度に代わる、あるいはそれを補完する新たなセーフティネットの構築が不可欠です。ここでは、具体的な提案とアイデアをいくつかご紹介します。
1. フリーランス版「積立型所得保障制度」の創設
これは、フリーランス自身が所得に応じて一定額を拠出し、事業の廃止や大幅な所得減少時に給付を受けられる公的な制度を創設するものです。
- 制度設計のポイント:
- 拠出: 月々の所得に応じて、任意または強制的に一定割合を拠出します。拠出額には上限と下限を設け、所得水準に応じた公平性を図ります。
- 給付要件: 事業の廃止や、前年度比での大幅な所得減少(例えば30%以上)といった客観的な基準を設定します。また、再就職や新規事業開始に向けた活動を行っていることを条件とする場合があります。
- 給付内容: 拠出期間や拠出額に応じて、一定期間(例えば6ヶ月〜1年間)にわたり、一定割合の所得を給付します。これは、生活費を確保しつつ、次のキャリアを模索するための期間を保障することを目的とします。
- 運用主体: 政府機関または公的な独立行政法人が運用し、透明性と信頼性を確保します。
この制度は、雇用保険の仕組みを参考にしつつ、フリーランスの特性(事業主であること、所得が不安定であることなど)に合わせた設計が求められます。財源の確保や、制度加入のインセンティブ設計が実現に向けた重要な鍵となります。
2. 既存の小規模企業共済制度の機能拡張
小規模企業共済は、フリーランスを含む小規模事業主のための退職金制度ですが、これを廃業時のセーフティネットとしてより機能させるための拡張も考えられます。
- 機能拡張のアイデア:
- 早期給付要件の緩和: 廃業や事業規模縮小に伴う所得減少を、より柔軟に早期給付の対象とする。
- 給付型セーフティネット機能の追加: 積立金からではなく、別途拠出金によって運営される「廃業・失業時給付金」のような制度を創設し、一時的な所得補償を行う。
- 公的職業訓練との連携: 共済の給付金を受けながら、ハローワークなどの公的機関が提供する職業訓練を受講できる制度を強化する。
小規模企業共済は既に多くのフリーランスに利用されているため、この制度を基盤とすることで、新たな制度をゼロから構築するよりも早期の実現が期待できる可能性があります。
3. フリーランス向け再就職支援・キャリア転換プログラムとの連携
所得保障と並行して、事業を継続できなくなったフリーランスがスムーズに再就職やキャリア転換を図れるような支援も重要です。
- 連携の具体例:
- 専門的なキャリアカウンセリング: フリーランスの経験を活かせる企業へのマッチングや、新たなスキル習得に向けたアドバイスを提供します。
- スキルアップ・リスキリング支援: デジタル分野など、需要の高い分野へのキャリア転換を支援するための教育プログラムを提供し、その受講費用の一部または全額を補助します。
- スタートアップ支援: 再びフリーランスとして事業を立ち上げる際の相談窓口や、資金調達支援などを提供します。
これらの支援を、前述の所得保障制度と一体化させることで、フリーランスが「廃業=終わり」ではなく、「新たなキャリアへの転換点」と捉えられるような環境整備を目指します。
実現に向けた課題と展望
これらの提案を実現するためには、乗り越えるべき課題が複数存在します。
- 財源の確保: 新たな制度を創設する場合、フリーランスからの拠出金だけでなく、政府予算からの投入や、企業からの貢献(例えば、フリーランスを活用する企業への一定の負担)も検討する必要があるかもしれません。
- 対象者の定義と公平性: 「フリーランス」の定義は多岐にわたるため、誰を制度の対象とするか、また制度の恩恵を公平に提供するための基準作りが重要です。
- 運用体制の構築と手続きの簡素化: 多忙なフリーランスがスムーズに利用できるよう、申請手続きのデジタル化や簡素化が不可欠です。
- 社会全体の理解と合意形成: フリーランスの社会保障を巡る議論はまだ途上にあり、国民全体の理解と、政治的な合意形成が求められます。
しかしながら、フリーランスという働き方が社会経済においてますます重要な役割を果たす中、彼らが安心して働き続けられる環境を整備することは、社会全体の持続可能性に貢献します。廃業や失業のリスクに対する適切なセーフティネットが整備されることで、フリーランスはより意欲的に挑戦し、経済活動を活性化させることが期待されます。
まとめ
フリーランスの廃業・失業時の所得保障は、現在の社会保障制度における大きな空白領域です。特に家族を持つフリーランスのITエンジニアの方々にとって、この問題は将来設計に直結する重要な課題であり、その解決は喫緊のテーマと言えるでしょう。
本稿で提案した「フリーランス版積立型所得保障制度」の創設や、既存の小規模企業共済制度の機能拡張、そして再就職・キャリア転換支援との連携は、その実現に向けた具体的な一歩となり得ます。これらのアイデアが、フリーランスの皆さんが安心して事業に取り組み、万一の事態にも柔軟に対応できる社会の実現に向けた議論の活性化に繋がることを期待いたします。